「ああ、そういえばそんなこともあった!」
私の場合、そんな形で映像が見えてくることがありました。
高校を卒業後、すぐに東京都内のホテルに就職。
親元を離れて都会生活がしたかった、バリバリの田舎者でした。
黒服のホテルマンが、さっそうと歩く姿は、今思い返しても惚れぼれしてしまいます。
私は、コーヒーや軽食を提供するセクションに配属されていました。
ホテルの中でも、比較的外部からのお客様が出入りしやすい、飲食部門です 。
いつの日からか、いつもうつむいて、悲しそうな顔で来店されるお客様が、いらっしゃるようになりました。一人で。
誰に言われるでもなく、従業員皆、なるべくくつろいでいただけるよう、あまり他のお客様の目の触れない、目立たない席にご案内していました。
勿論私もです。でもある日、思いきって、真ん中の見通しのよい席に、ご案内してしまいました。
いつもと同じように、席に着いても下を向き、悲しそうな表情です。
ある先輩はそれを見て
「どうしてあの席に案内したの?かわいそうでしょ!」
と苦言。
私もさすがに酷いことをしてしまったかなと思い、
「すいません」
とあやまるばかり。
その後、隣のセクションのサービス黒服(私の所属セクションの上司と仲が良く、よく立ち寄っていました)が
「何であそこの席に案内したんだ?」
と私に聞いてきました。
「あのお客さん、いつも『やっぱりダメだ』っていう表情で帰っていくんです。ホテルの喫茶店に一人で入る勇気があるのに、毎回なんです。それで前を向いて帰って行って欲しいなと思って。」
「それで、どうだった?」
「うーん、いつもとあまり変わらなかったかも」
「そうか。その思いが相手に届くといいな」
その言葉に、私は救われたような気持ちで、
「はい。でも、あのお客様、もうきてくれないですね、きっと。」
「まあ、新しい一歩になってくれたら、それもいいだろ」
もう嬉しくなり、私は上司にそのことを話します。
すると、その上司は
「あのな、そんなこと言っても、あいつだって男だぞ」
それを聞いた私は、大笑いして
「そりゃそうですよ。Nさん、どっからどう見ても女には見えません!」
「は?お前今、なんて言った?」
「だから、どっからどう見ても女には見えないって言ったんです。変なこと言いますね」
私の答えに、世にも不思議な生き物をみたような表情をしながら、近くにいた先輩に、ことのしだいを話しています。
「…〜な、お前、意味わかるだろ⁉︎」
「あいつ、ゲラゲラ笑って、『どこから見ても女には見えない』って言ったんだぞ!」
その先輩はくるっと振り向いて
「こまめ(私の名前)、おもしろい」
「えっ!?私が?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
後に客観的に見ると、やっぱり私の返答はおもしろい。
そう、そのことに気づいたのは、そこを退職して十数年後の、1回目の幻覚症状が発症してからなのでした。
そして、やはりあのお客様は、少なくとも私が勤務していた間に、再びご来店くださることはありませんでした。
でも、どうか新しい一歩を踏み出して、歩んでおられていたことを、願っています。
♡たまには手を抜きたい。 添加物のないお惣菜、お菓子。